エディタの理想郷は Textwell + Scrapboxにあります。 この2つを組み合わせたとき「書くこと」の意味が変わる。 それまでの「パソコンのエディタで書く」とは別次元の何かを垣間見ることができました。
そこにある思想が「モードレス」です。
モードレスデザイン
Textwellの作者である上野学さんのデザイン論。
萩原朔太郎から哲学や人類学の知見へとジャンプして、Appleの仕様書の話をしたり、中動態の考察を深めたりと、なかなか忙しい。 でも、どの章も独立しているので、いわばエッセイ集なのかな。 読みやすいです。 伝えようとしている内容は難しいけど。
読者はどこから読んでも構わない。本書の構成自体を意図的にモードレスにしてある。
「はじめに」にある、この一文でガツンと来ました。 分厚いけど、どこから読んでもいい。 そこに「モードレス」の本質がある。 この本を読むこと自体が「モードレス」を体験する契機になっている。 なので読んでみないと始まりません。
うーん、商売上手だ。
反対から考えると「モード」のほうは読者に順番を強いるわけです。 具体例としたら、お寿司屋のタブレット注文かな。 回るほうの寿司屋って、最近は寿司が回るんじゃなくて、テーブルのパネルからメニューを選ぶ方式になってるじゃありませんか。 あのユーザーインターフェイス。 あれが「モード」。
炙りイカの軍艦巻きを注文するとき「にぎり(魚類)・にぎり(魚介類)・にぎり(それ以外)・巻き物(魚類)・巻き物(それ以外)・サイドメニュー・デザート・春の海鮮祭り・それ以外」のカテゴリーから上位概念を狙わないといけない。 「軍艦巻きだから巻き物(それ以外)だろう」という推測は、まず選んでみないと当たりかどうかはわかりません。 無慈悲にもそこに無くて「春の海鮮祭り」の可能性もある。
パソコンのソフトウェアもそんな感じです。 階層型のメニューがついていて、まず上位概念を考えないといけない。 やろうとしていることをカテゴリーから探す作業が入ります。 そしてたいてい、思ったところにはない。
仕方ないのでマニュアル本を買うことになるし、そうしたソフトほどマニュアル本が多い。 そこでもどれを選べばいいやら途方に暮れます。
そもそもアプリもそうかな。 自分がやりたいことはどのアプリで実現できるのだろう。 そう考えないとパソコンが使えない。
いや、パソコンだけではないか。 法律とかもそうですね。 ルールを決めるときとか。 いろいろなニーズがあって、それに逐一応えようとすると煩雑化していく。 場合分けとか条文にして、各方面に忖度すると全体像がわからないというか、辻褄の合わないシロモノが出来上がる。
こうしたことが「モード」です。 これを解決するのが「モードレス」。
世界を生み出す
モードレスとモードの二項対立は、オブジェクト指向とタスク指向に言い換えることができます。 モードが階層化して煩雑なのは「何をするか」のタスクで状況を切り取るからです。 SVOの欧米語文型に支配されている。
じゃあ、モードレスはどうデザインするのか。
物を作るというのは自分が物になることである。
アプリを作ることは、自分がアプリとなってアプリの側からユーザを見ること。 オブジェクトとしては、ユーザとどんなインタラクトをしたいと願っているのだろう。 そういう観点からインターフェースを組み立てていく。
いやあ、痺れますね。 物を作ることの極意です。 そのため、デザイナーは左右を言い間違えやすく、左ペインを「右ペイン」と呼んだりするそうです。 そこまでの境地に達したことはないなあ。 山を見れば山となり、海を見れば海となる。
人が作ったものであっても、それを生かしているのはどこか別のところからやってきた神秘的な力である、という感覚がある。
アニミズムの話からピアジェの「同化と調節」になり「ヘラジカを仕留めるためにヘラジカになる猟師」へと話は転々とする。 物を作るには自分が物と同化しつつ、物自体に飲み込まれることなく距離を保つことでもある。
自分が作っていると意識したなら、自分の意識の枠から外に出ることはできません。 テキストを書いていれば体験しますよね。 アイデアはどこか遠い世界から到来するのであり、それを運よくキャッチできたとき「形」が施される。 物に命が宿ります。
デザイナーとは、そんなシャーマン的な職業です。
人間は物を作り、その物によって作られる存在である。
しかもそれはデザイナーに限らない。 人が生活することそのものが「環境をデザインすること」でもある。 生きることは、自分が過ごしやすいように環境を整えることであり、その環境に合わせて自分自身が変容することだからです。
何に囲まれるかによって自分の生き方も変わってくる。 ライフハックとはそのためのスキルであり、それと同時にどこからか到来するものなのです。
まとめ
まだまだ序の口ですが、それでも「ああ、そうか」の言葉に満ちています。 どんどんハイライトしちゃう。 これはバイブルになりそう。
で、軍艦巻きを注文するにはどんなメニューを作ればいいんだろう? たぶん「メニューを作る」という発想を辞めるところに答えがありそうだな。